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てさぐれ!部活もの すぴんおふ プルプルんシャルムと遊ぼう 8話ユリ狼回答編

完敗です。

いや参りましたね。これはもう気持ちよく、高橋葵、荻野可鈴にひれ伏したいと思います。すっきりしたわ。

前回のこれ、見事に大外しでございます。head.hatenadiary.jp

放映を見ての感想

結末を知った今、ちょっと7話から見返してみよう。こりゃ、オーディオコメンタリーが楽しみですなあ。
無論ネタバレです。

1日目の朝、葵がひーなとの会話で「とりあえず役職の人は言わないほうがいい?」と念を押してる。これで本当の占い師が自分より名乗り出るのを牽制しているんですね。
2日目の朝、こはるん(知らない人は居ないと思いますが心春=こはるん=へごちん≒はっしー=大橋彩香です)が疑われたときに、葵「わー」ってちょっと言ってますね。この時点でこはるんを切り捨てようと思ったのだろうか。そして問題の葵の偽カムアウトがあります。
3日目の朝は、ひーなが生きているここが一番葵にとって危ないところだったのでは。ここでひなが「葵を占った」のにひーなが突っ込んだところで大勢が決まってしまったかな。
4日めの朝。「襲われたのはひーなさんです」に「えー」と返したのは西、凛の二人だけみたいですね。こうなるともう葵が力押しで十分。ひなと目が澄んでいた、って凛は正しかったんだなあ。ここで凛が上手く西を説得できていたら……ああバカたち可愛い……。って、自分もこの時点で西しゃんと同じ気持ちだったので、ゲームが「百合チームの勝利」と聞いてあれ?と。状況がちょっと理解できなかった。

衝撃の結末

「あー、そうねー、予想ついてたわー」と言いたいところですが…。ひーなが白で葵が狼である可能性はあるなと思ってはいたのよ。でも前回書いたように結局「葵もひーなも白、狼でない、に一票」だと思ってた。

自分が騙された理由を考えてみた。もちろん葵の戦略に一杯食わされたわけですけど、どうしてそうなってしまったのか。

  • 葵は人狼初心者だからルールをあまりわかってない
  • 葵は演技しない
  • 知りすぎているひーなが怪しい
  • 作画スタッフの仕事
  • 陰の役者とバカたち
「ルールをよくわかってないのでは」

まず「葵は初心者でルールが良くわかってない」と思い込んでたんですね。つまり彼女の演技に完璧にハマった。これは人狼をやるのが初めてのひとたちで番組を上手くできるのか、みたいなメタ情報を意識し過ぎたとも言えます。まあ西さんが最後に言った「私も葵をバカだと思ってた」ですね。

でも、よく考えればそもそも「てさぐれ」の台本パート&プレスコでアドリブで…というめんどくさい番組のシステムを把握してたんだもんね。どちらかというと「話の流れを理解してない」ことによる笑いはへごちんのほうが多かったのではないか。
6話、上坂すみれ演じる友美さんの「地下に潜る」発言に「何の話をしてるんですか?」「観覧車ですよね?」とむしろ話の流れを戻したのは葵。

「いぬさるの仲」などと、知識の量は大きく違っているけれども、頭の回転はめっぽう早いんじゃないかな。だから上記のやりとりのあとの「友美さんに興味があります」も今思うとなかなか味わいがある。
上坂すみれさんは特定分野でものすごい知識量、というタイプ。荻野可鈴だって、一般常識は疎くても例えばあの年代のアイドルやらファッションやらには当然詳しいだろうし、つまりこの二人、実は「知識のエリアが常識と比較してやや偏っている」というふうにくくれば、似た頭の良さなのではないか。つくづく、今回のユリ狼に友美さんが参加してたらどうなっていたのか興味深いですね。

あっ、そうするとお化け屋敷の抱きつきも、「あらまあ懐いちゃって…」と見てましたが、あれは「どうやらこの遊園地(動物園)に一番詳しい明坂聡美が一番頼れる」と判断した結果かも。打算というより自分の身を守る本能的な判断で。

「葵は演技しない」

荻野可鈴のすごいところはもうひとつ。

「『役者』演技を本業とする声優さんたち8人に囲まれた状況で、誰の演技よりも葵のそれが他を騙し、出し抜いた」

これが成り立った理由は、とくにシャルムメンバーにとって「てさぐれは素」という意識が強すぎたのではないかな。これまでに大喜利、アドリブをやらされて「ああ、この番組ってこんなに素でやっていいんだ」「普通のアニメじゃないんだなこれ」すなわち、「てさ部のひとたち、あんまり演技とか考えずに自由にやってるんだな」と感じていたのでは。

つまり番組そのものを逆手にとって「演技する仕事の声優」→「演技しない番組」→「ゲーム中で演技する」とひねってひねって360度回ってる。

荻野可鈴→(素)→高橋葵→(演技)→ユリ狼

もっと深読みするとほら、葵ちゃんは一番素っぽいじゃないですか。まあ女優の仕事もしているけど、てさぐれについてはこの子一番演技してないわ…と他の声優さんおよび私のような視聴者は思ってた。だからユリ狼も素でやってるだろう、やっぱり占い部員なんだろうと。ここに騙されたんじゃないだろうか。

知りすぎているひーなが怪しい

ひーなは葵の逆の存在ですね。人狼を良く知っていて、演技力も達者なベテラン。これは自分も騙されるに違いない、と思い込んでいた。だからいかに一般生徒として発言しても「裏をかかれているのでは…」と逆に信じることができなかった。

作画スタッフの仕事

作画っていうのかな、アニメとしての絵ね。これもちょっとあるかな、と思った。戸惑っているような顔をしたり、驚いたりしているけれどもこれはミスリードを誘うように作画されたものですよね。我々は絵しか見ていないけど、ひょっとすると生身の表情だとどこか勘づけたかもしれない。
小松未可子演じるひなさん(ひーなと紛らわしいですが別のひとです)が1日目、眼鏡チャキッとするあたりとか、怪しく見えるよう演出されている。

陰の役者

その他いろいろ、葵の名演技を支えた存在があります。例えば終盤ひなを信じることができなかった。葵が占い師を騙ったところで「あれ?おかしいよ?」と言い出さなかった点ですが、占い師は名乗り出た方がいい、といったのはひーな。
もし、ひなが「ひーな、葵が怪しい」と考えたなら「この二人の会話に乗って名乗りでていいんだろうか…?」と迷ってもおかしくない。冷静に考えれば名乗り出るべきなんですけど。これは操作ミスという偶然も関わってきています。まず自分が信じられないので強く出られない、(私だけが本当のことを知っている)けど、本当のことってなんだっけ、という混乱状態。
ひーなの「ひなちゃんを占って欲しい」と言ったのも効いてますね。その後考えがまとまらず黙ってしまうひなに疑いが集中してしまった。

葵ちゃんに隠れてますが、へごちんもすごいよね。まったく狼だと思わせなかった点で。天然さん。狼なのになにもしない、みたいなところが逆に人々を騙すことになってる、的な、何もしないで追放されるのが狼へごちんにとって最良の作戦。

四日目になると、葵の「バカを残す」戦略が光ってきます。あとからカムアウトしてもそれを信じて「葵、怪しいわね」と言ってくれそうなひーながいない。ここでみかこし、「なんで占い師が襲われないんですかねー」という反撃を思いついていれば…。

まあ一方西ちゃんは「(西゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ\/\」って言ってるだけだし……。こういう素直なところが持ち味だとは思う。

まとめ

いやー、自分は結構素直な騙されやすい(要するにバカ)人間ということがわかって参考になりました。今後教訓にして生きていきたいと思います。
っていうか「葵が狼だとは感づいてた」はできても、じゃああの状況で自分は葵のように振る舞えたかというと、どうだろう。そこまでどこでどう演技すべきか考える判断力と、度胸と行動力がなかったんじゃないかなあ。

採用されなかったゲームのほうも面白そうだなあ。こりゃBDが楽しみですね。へごちんも侮っちゃいかん気がする。今までのてさぐれを見ていても、実はいろいろ考えているけど説明が面倒なので黙ってる、みたいな、めんどくさがりやさん!


裏でどんな会話してたのか、まあオーディオコメンタリーになるんでしょうが、そっちの実況も聞きたいな。

ともあれ、今回は葵、荻野可鈴が実はいろいろ仕切れるリーダータイプだということがわかりました。伊達にアイドル業界でもまれてないというか。西しゃんは笑いで方向性を決めていく(馬鹿笑いしてる方向に流れが動く)タイプなら、あけしゃんも頭の良さで切り盛りしていける、へごちんは天然だけど何も考えてないわけじゃない、そして葵も実はかなり空気読めてる、というかなり練れたメンバーですね。

てさ部は「仲良しグループ」からひとつ上の次元、「時々離反したり互いにバカと思ったりできる」というところがすごく強いチームだと思います。バンドでも、実は仲が悪いというところがすごい演奏残したりしてるじゃないですか。多分、アドリブという状況に鍛えられて、どんなお題をぶつけられても機能する柔軟な組織として、その、意識高い結論が上手く書けないけど、なんかそういう、いい感じなグループじゃないかな。

というわけで、てさぐれ、あけしゃんは嫌がるだろうけど今回だけじゃなく今後もいろんなスタイルで続けていって欲しいです。

(追記)


この記事を書いてる途中でこんなことに!?
てさプル中の一連のツイートを見ててもだいぶナイーブな、あるいは現場の苦労は推測されましたが、今後続編とか、アドリブスタイルの作品とか無くなっちゃうのかなあ。それはすごく残念。それにこれからBD発売もライブもあるというのに。これはどうにかならないものだろうか……。

てさぐれ!部活もの すぴんおふ に見る「アドリブ」

アニメのアドリブ

「あどりぶ」っていうへごちんのラジオ番組もありますが、その話じゃありません。

てさぐれ(略)プルプルんシャルムと遊ぼう、「てサプル」ですが、面白いですね。

今までの「てさぐれ!部活もの」でもアドリブで自由にしゃべる(スタジオに缶詰にされて面白くなるか疲労で脳があれになるまでネタを考えさせれるという労働的にいかがなものか的実態だったそうですが)のはやってました。
普通は絵が先にあって声を後からつけるのですが、これはしゃべりが先にあってそこに絵をつける、プレスコというやつだそうです。

アニメの世界でアドリブといえば、台本の隙間にその場で思いついたセリフをしゃべるものを指すことが一般的だったと思いますが、ここへ来てむしろアドリブメインで、というのは新しくもあります。

音楽でアドリブと言えばジャズですが、デキシーやスイング時代当初の、アドリブが決まったメロディを崩したり合間にぺろぺろ適当なことを演奏する「フェイク」から始まって、ビ・バップ革命から「アドリブを楽しむ」ことがメインとなったのと同じ流れですねこれ。

アドリブ路線の拡大

てさプルではさらにロケというものがあります。最初は卓球でしたね、卓球しながらなんか面白いことを言わないとだめ、みたいな。そこから、お化け屋敷、観覧車と実際に遊園地(動物公園)にてさ部の4人が出かけていって騒いだりしてる音声を元に絵にしている。これもリアルな言葉が出てきて面白いんだなあ。

音楽で言えばもちろん「ライブ」ということになりそうです。

人前でのパフォーマンスはいつのまにか台本であらかじめ決めておくことが一般的になっちゃったけど、本来アドリブってそんなに特別なことじゃなくて、むしろ自然の生活では台本なんか無い方が多い。会話とかね。フリートーク。トークショーなんてのもある。

あと台本と言っても細かい言葉尻まで決まってる場合から、おおまかな流れを決めているだけまでいろいろあると思います。ジャズのアドリブも完全ルール無しガチフリーから、コード進行が決まっていたり固定のリフ、キメが入ったりするのまでいろいろある。

スポーツなんかわかりやすいんじゃないですかね。勝ち負けの結末まで決まってると八百長とか言われますが、まあそこまででなうても今晩の大体の流れを決めておこうぜ、なんて「戦略」はあるだろうし、少なくとも試合のルールという制約は大体ある。

ジャズってのはスポーツだ、プロレスだ、って話が昔盛り上がりました。
だから、同じくアドリブを特徴とする「てさぐれ」も、「大まかな台本があるフリートーク」つまりラジオっぽくなるところは当然あると思いますし、「卓球」みたいに、まああれガチで試合してないですが、スポーツ的なものだって合うだろうと思ったわけです。

お笑いも似た感じですね。アドリブか台本か、みたいな話は落語の古典か新作か、あるいはコントとバラエティみたいなとこで似たようなこと言ってるんじゃないかな、詳しくないですが。

そういえば先週の「百合狼」

ってなわけで、まあアドリブと台本の関係ってのは今後もいろいろあるんじゃないかな、その間を揺れるようなものじゃないかな、てさ部面白いな、と思っただけの話が以上ですが、ついでに先週の「ユリ狼」の話。

7話では「人狼」をもじった「ユリ狼」というゲームを持ってきました。麻雀なんかでみんな疲れてくるとどうでもいい言葉で笑う深夜テンションでゲームを続けることあるじゃないですか。ああいう地味な笑い。

人狼は、名前だけ目にしていて、なにかそういうゲームがあるのだろうなぐらいにしか知りませんでしたが、なるほどこういうやつね。

細かいルールはアニメ中でも解説されていましたし、
監督の




それから
汝は人狼なりや? - Wikipedia
あたりを見てなんとなく理解できました。

まあ、百合に関して、忌み嫌い過ぎだろうとちょっと思うところはなくもないけど今回はそういうゲームということで。

でさ、あと2時間ぐらいで続きが放映されちゃうんでギリギリですが、狼は誰だろうね。

状況確認

9人のうち、狼二人、占い部員1人、剣道部員1人、帰宅部5人。
毎日多数決で一人ずつ追放する。狼は毎晩一人を襲う。占い部員は一日一人、誰かの正体を確かめることができる。剣道部員は一人を守って狼の襲撃を阻止できるが自分自身は守れない。OK、了解。

狼は互いに相談はしないものの、正体は知っているのね?狼が狼を間違えて襲っちゃうとかないのね?狼が誰も襲撃しないでおく、ということは?ない…のかな。剣道部が守った場合でも狼や剣道部員の正体はわからない?
これ終了条件は

  1. 狼二人を追放する
  2. 狼の人数 >= 帰宅部(狼が二人残っているなら、帰宅部二人になった時点で帰宅部負け)

のどちらか……でいいのかな?

7話の経緯としては、

  • 1日目の追放裁判(9人)

(ここで、なんで花音さん「襲われた、じゃなくて、目覚めた…」って確認してるんだろうか)
葵が「占い部員」に反応、ひーなにルールを確認する。
花音さん(生ビールさん)が追放される。

  • 1日目の夜(8人)

萌舞子が襲われる

  • 2日目の追放裁判(7人)

葵が「占い部員」をカムアウト。ひーな先輩を調べて狼じゃなかったと述べる。
こはるん(へごちん)が追放される。

  • 2日目の夜(6人)

結衣さんが襲われる

  • 3日目の追放裁判(5人)

結愛(西明日香)が疑われる

ですかね。2日目の夜も襲撃があることから狼は少なくとも一人残っている。
二人の狼が残り続けているとしたら、3日目の追放裁判で帰宅部が追放されると、残り4名、終了条件2で狼の勝ちとなるわけですね。

逆にゲーム終了にならなければ、狼が一人はすでに追放されたということになる。仮にそうだとすると

  • 3日目の追放裁判(5人)

狼が追放される

  • 3日めの夜(4人)

狼がまだ残っていれば襲撃あり(もしくは剣道部が守る)
襲撃がない→帰宅部の勝ちでゲーム終わり

  • 4日め(3~4人)

3人なら帰宅部を追放した時点で狼の勝ち。狼を追放したなら夜に襲撃はなく帰宅部の勝ち。

襲撃を阻止したときにどうなるかがよくわからないのだけど、いずれにせよ4日目には少なくとも大体終わりそうな。

葵、ひーなだろうか

さて、葵が明らかにゲームに慣れておらず、ふつうに見ると「占い部員」を割り当てられてよくわからずひーなに解説してもらう、という流れです。

確かに葵は天才的だし、意外と仕切れる(夢アドのリーダーというのもなんとなくわかる)頭の良さがあると思いますが、これは演技には見えなかったなあ。
また、ゲームの説明をしているひーなも、明らかに一般生徒側に見える。ただ、「占い部員に名乗り出てほしい」とか、「クソみたいな帰宅部」とか、洗い出すような言動もある。「こはるんを追放するわ」も誘導に見える。

この二人がもし葵とひーなは実は狼で結託して演技しているとしたらすごい、と思いますが…。もしそうだとすると、ほんとの占い部員が「あれ?私が占い部員なんですけど」と言い出したら終わりじゃないか…と一旦は思いました。

でもそうじゃないのね。もし、例えば西明日香あたりが「あれ?実は私が占い部員…」と言い出したとき、どっちを信用すればいいのか他のひとたちには決められないんだ。そして今回、誰も他に名乗り出なかった。これは、真に葵が占い部員であるか、なぜか真の占い部員が黙っているか(でも真の占い部員は葵が狼だとわかるから主張すると思う)、もしくは占い部員はすでにリタイアしているか、です。

真の占い部員が名乗り出るリスクを犯してもここは葵にカムアウトしてもらい、ひーなが狼でないと嘘の証言をしてもらおうと決めたのだろうか。ない、とは言えないけどなあ……。それとも、それまでの会話ですでにリタイアしている萌舞子、花音が占い部員だと推理できる言動があっただろうか…。なにかここ見落としてるのかなあ……。

逆に、葵が本当に占い部員だった場合は(占い部員が嘘をついちゃいけない、とかルールにはないのかな?)ひーなは狼でないということになる。ひーなだけが狼というパターンはないはず。

じゃあ葵だけが狼で、ひーなが実は一般生徒だったら?なぜ占い部員だと言い出したか、狼としてメリットがないように思える。むしろ「狼でした」と無実の生徒を陥れたほうが有利だと思う。

このね、葵がまずひーなを占ったっていうのが、いいんだね。お化け屋敷回で怖がる葵がひーなにずっと抱きついてるのとか、LoGiRLでの仲良しぶりとかね。まあ観覧車では高所恐怖症のひーなを「オンナノコ!」ってからかってたけど。

ちょっと怖い系シチュエーションで、まずひーなを頼るってところがね、百合的でね…あ、じゃあやっぱり百合狼なのか。

ついでにいうと先週のラジオ。あれがなぜか葵、ひーな欠席だったのがね。もしかしたらユリ狼のネタバレを避けたのか……。

ということで、えーと私の結論としてはでもまあ、葵もひーなも白、狼でない、に一票。

じゃあ本当は誰か、という話になると「狼は一般生徒のふりをしたほうが有利」ということで、もう一人の陽菜は怪しすぎるかなあ。こはるん、凛じゃないかなあ。こうなるとただの勘だけど。

2週に引っ張っておいて、追放された西明日香が一般生徒で即ゲームエンド、あとは感想戦大喜利って気もしなくもないです。

SHIROBAKOの涙

23話ね……。
「……近頃涙もろくなっていけねえや……」
って感じでしたけどね……。

そういえば最近は小説でも映画でも「泣けるの、ください」ってクスリみたいに頼むひとが増えてるって話じゃないですか。菊地成孔さんが音楽もメディスンになってきちゃってどうとか言ってたなあ。つまりあの、「泣ける」「元気になる」って効能第一になってきているみたい。まるでモロヘイヤとか青汁みたいなものばっかり食卓に並べて「体にいいのよう」と繰り返して味は二の次のオカンみたいなことになっちゃって。

まあ、SHIROBAKOは毎回「ほら泣けそら泣け」という作りではないんで、いきなりどれか1話だけ見てもおくすりみたいな効果はないかもしれない。確かに、涙は浄化作用みたいなものがあってストレスにはいいらしいですけどね。SHIROBAKOの場合は「泣ける」から「いい」というより、「いいアニメ」だから「いいとこで泣かせてくれる」なんだと思うんだ。

決してお涙頂戴ではないと思うなあ。でもここぞというところで使ってくる。なんかそこに優しさも感じるんですよ。

極めつけの涙

昭和なころは「男は涙を見せるな」的なものがあったらしいんだけど、星飛雄馬とかがんがん泣いてるしなあ。あれを「そこでなんで泣くんだよwww」って、まあ当時は「w」とかはなかったと思うが、そんなに奇妙なものだとは思ってなかったと思う。SHIROBAKOでも監督はよくギャグ顔でだあだあ涙流すし、記憶に新しいところではタローが、平岡の昔話を聞いて泣いてたよね。つまり結構男も泣く。それがまたいい場面であったりはする。

SHIROBAKOでの女性の涙…駅のホームで人知れず涙を落とす小笠原さんね。あれはほんとうに辛い、心が折れそうな涙。ありあ役の鈴木京子さんは収録を終えて仕事を全うできた涙。これは嬉し涙。

しかし一番泣くシーンが多いのはやっぱり主役の宮森さんじゃないかな。19話だけ見ても、武蔵野動画の昔を知って泣き、梅干し食べてりーちゃんと泣き、最後に大倉さんの背景を見て涙する。

大倉さんのなんかも、良かったんだけどしかし23話では極めつけ、主役の宮森さんが友情に流す涙。これが美しいんだ。宮森さんは良く泣くけど事態を自分に都合よく進めるための、いやらしい言い方だけど「武器」っていうのかな、そういうのでもなんでもない。むしろちょっと恥ずかしいから思わず隠す、けど止められない涙。

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ほんとこれ、良かったんだけど、もう一つSHIROBAKOの話上とても重要で、そしてその絵面の説得力に納得した涙がありました。あるぴんです。

あるぴんの泣き顔

監督からリテイクが出て、描き直されたあとのあるぴん。怒りメインでも悲しみメインでもない、どっちも、のリクエスト。
ここで監督はなんと言っていたか。

「だからさあ、お姉さんが裏切っているのをなんとなく気が付きつつ二人に言えないで言えないでいたんだ…。そのあるぴんの気持ちを考えると…おれはもう…」
「そのあるぴんが知ってたって呼ぶ(叫ぶ?)のはさ、万感の、ありとあらゆる感情と、時間と物語がこもってるわけよ!お綺麗な顔で呼べるわけがないのよ、もう、心のなかはぐっちょんぐっちょんのドロッドロなわけよ!」

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23話の宮森さんを、第三飛行少女隊のありあに重ねて、監督と原作者の問答にあったようにアニメーション同好会5人に対する責任感ではなく内的な問題が……と宮森の今後の決断を考えていくのもまあオツなもんだと思いますが、そのまえにあるぴんを重ねてみたい。

あるぴんが「私、知ってた!」と叫ぶのは黙ってる罪悪感とかお姉さんへの悲しみとかでしたが、宮森はじゃあなにを知っていたのか。もちろん、ずかちゃんです。

ずかちゃんのことを宮森は以前から知っていた。どれほど声優に憧れ、まじめに打ち込んできていたか、彼女の夢と努力を知っていたわけです。しかし、黙っていた。これはずかちゃんサイドの考えについて前の記事でああでもないこうでもないと考えたりしましたが(結局わりと難しい裏はなくあっさり宮森の紹介を遮ったずかちゃんは「後悔してた」ということだったのかな、と今は思いますが)、多分宮森さんにしてみれば「私の知り合いで声優さんがいるんですけど」と言っちゃいたい気持ちはあったでしょう。
しかし、立場的には立ち入ったことはできない。「4人も三女に関わってるんだからずかちゃんもおいでよ」なんて飲み会のお誘いみたいに軽くは呼べない。近くにいながら、できない。

このあたりの、おいちゃんずかちゃんの万感の、ありとあらゆる感情と、時間と物語がこもってのこの涙なわけよ!
だから、もう二人にしかわからないとこもきっとあると思う。そこがまたいいよね。二人だけに通じるアイコンタクトなんだ。

ずかちゃんは泣いたか

ずかちゃんは、泣いたでしょうか。多分、それはもうちょっと先だと思うんだ。この芝居が終わった直後ではないだろうし、もっと前の携帯電話が鳴るところでもないでしょう。
アオイホノオのラストでもあったじゃないですか。連載が決まって上京するというとき、主人公にサインを求めた庵野が言います。

「思っていたほどうれしくないだろう。なぜだかわかるか? すぐに…認められたらすぐにプロとしての責任感と、それに対する不安が襲ってくるからさ」

ずかちゃんとしては「わー嬉しい」で泣いてるところじゃありません。勝負開始です。台本を見返し設定を読み込み、要求を理解しどのように演じるか……結果として、当初とは見違える落ち着きの、堂々たる芝居でした。肩に力が…といえば主役の鈴木京子さんがそうでしたね。この二人の演技になるところもいい。

多分、ずかちゃんが泣くのはもうちょっと先なんじゃないかな。まだまだ、ここで満足しちゃいけない、と思うんじゃないかしら、勝手な想像だけど。

観ているわたくしたちの涙

そうだ、最初に「優しさを感じる」と書きました。メディスン的ではないにせよ、泣きやすさ、飲み込みやすさには十分配慮されていると思うのね。
同じ監督の作品、ガールズ&パンツァーのあのシーンを思い出したからです。

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桃ちゃんね。ずっと理屈先行で(でも射撃は外す)怒ってた彼女が、最後は身も蓋もなく泣く。ほんとこの、重圧だったんだろうな、というこのシーンでわたくし、ぼろぼろ泣いちゃうのね。
これはなんだろ、と思うに、あの、尾籠な話で恐縮ですが、ほら水の流れる音を聞くとおしっこしたくなるって言うじゃないですか。あれと同じで、アニメの中で誰かがわんわん泣くと、つられて涙が出やすくなるというか、そういうのあるんじゃないかな。

なかなかね、泣けと言われても泣けないのよ大人は。昭和の「涙を見せるな」みたいな教育受けちゃったりするとね。さらにね。どこか、こつんと叩けばじゃーっと泣けるんだろうけどこう、うまい叩き方をしないとだめなのね。

「わー、いいシーンだなー、泣けるなー」イイ話ダナーなんてツイートしながら、だいたい泣けてないことも多い。そこを、変に奇をてらわず、いい具合でちょうどよくこつんとやってくれる。
水島監督のこういうとこ、優しいなあと思うわけです。

SHIROBAKO 21話でずかちゃんはなぜ首を振ったのか

相変わらずこの雑談となりますが、いやこのアニメSHIROBAKO、見てるといろいろ思うことはあるんですが「まあ考えが熟すまで…」「日曜のBSでやるまで待つか…」などといいつつプリパラとかプリンセスプリキュアとか見てるといつの間にか一週間ですね。

ずかちゃんの行動

21話では、声優の卵ずかちゃんが行ったある行動について軽く話題になっているようです。

行動というのは、「なべP、他社(ザ・ボーン)の社長らに宮森がずかちゃんを紹介しようというところで、ずかちゃんは首を振ってそれをそっと制する」というもので、セリフを書き起こすと以下のようになります。

 

「はい、おいちゃん」(ずかちゃん宮森の前にビールを置く)
「ありがとう!」
「なに、知り合い?」
「あーはい、彼女はせい…」
(ずかちゃん宮森の肩に手を置き首を振り)「ごゆっくり」

 

これ見ていて、ずかちゃんを紹介しようとする宮森に、私も直感的に「それはやめたほうが」と思ったんですよね。でもなぜかはよくわからなかった。そこで、どうして自分がそう思ったのかちょっと整理してみたい。一応原因のありかを軸におおまかに分類すると以下になります。

  • ずかちゃん側の事情
  • 宮森に原因が
  • おっさんたちその他

ずかちゃん側の事情なのか

ずかちゃん、坂木しずかさんはここまでのところ、オーディションには2回落ち、ガヤでは思うように力を出すわけにもいかず、演劇をやってみたりキグルミに入って機転を利かしたりしてはいますが、結果としてまあ報われてない。

まあ、わたくしどもも声優として成功するのはそうそう簡単なことじゃないだろう、と一定の理解を認めつつ、しかしあと3話しかないんだぞどうするんだ、という焦りがあります。われわれが焦ってどうするんだと。焦るべきなのはずかちゃんお前じゃないか、と。

 

そんななかでこの行動。「甘いよ」と。「どんなチャンスも食いついていけよ」と。なりふり構わないハングリーさが欠けていると。厳しいご意見が当然ございます。

 

とくに海外だとこういった意見が多いらしい。そうだろうと思った。


かいがいの : (追記)SHIROBAKO 21話 「クオリティを人質にすんな」 海外の感想

拾い出すと、ずかちゃん行動については概ね次のような解釈となっているようです。

  1. さほど立派ではない経歴を恥じた
  2. 誰の助けも借りずに自分の力で仕事を獲得したかった
  3. 諦めてしまった

1、確かに声優と紹介されたら、その次に「どんな作品に出てたの」と聞かれる可能性は高い。「いえ、まだ…」「なーんだ、そりゃ声優ですってほどのことはねえだろ」などと、ガサツな酔っぱらい、いやベテラン業界人ならではのヒトコトがあるかもしれない。傷つくのを恐れたんでしょうか。

 

でもまあ、「まだ卵だけどね」「ひまだし」と仲間内では平気でぶっちゃけるずかちゃんですし、メインメンバー5人の中で見れば出遅れていますが世の中で見れば声優志望者はたくさんいます。あまりその点に関してナーバスというわけでもないのでは。

 

 2が一番わかりますね。コネよりプライドを取った、実力でなんとかしたかった、と。だからこそ、「いまさら実力やプライドじゃねえだろ」という意見になってくる。でもこれも、もしコネが有効な手段だとするなら、べつに今回に始まったことじゃないんだよね。宮森さんにもっと前から頼み込んで動くべきだったし、逆に宮森も友達のためにとっくに尽力していておかしくない。

 

わたくしはここで大きな勘違いをしているのではないかという気もしてきました。コネを利用して、というけど具体的にどうするんだ?オーディションなしで採用される?

すでに監督らにご指名されるほど有名であったらそれもありでしょうが、さもなければそれこそ「仁義なきオーディション会議」のときに批判された「政治的キャスティング」になっちゃいそう。

あんまり宮森にできることって、なさそうな気もするんですが、どうなんでしょうか。そういえばコネといえば縦尾先生がいた。そのコネでお芝居を見学したりしているわけで、なんかやっぱり制作進行やデスクから監督や音響監督に…と攻めるより声優業のコネが正攻法だし下手に悪印象を与えるより良いようにも思えます。

 

 このあたり、もしかしたらアニメ製作陣としては常識的な感覚であるため説明が漏れており私たちがそのギャップでもやっとしているのでしょうか。 

 

3、諦めた。うーん、それはないと思いたい。宮森たちにとってはどんどんドーナツの誓いからの脱落であって彼女たち5人の物語的には大問題ですね。演出としてもっと切ない顔させて欲しいしその「重大な秘密に気づかない宮森」をクローズアップしても…と思ってしまいます。

ただ、「声優を続ける気がない」というのは現実的にはありといえばありです。

逆に、楽観的に考えてみてはどうか。宮森がそこでがんばってもらわなくてもいいくらい、「ずかちゃんはもうどえらい仕事が決まりつつある」

今は守秘義務で黙ってるけど。梅ブーアニメ化とか。

 

もうひとつ、「居酒屋店員としてのプロ意識」 というのも考えられなくもない。でもこれとてじゃあ客の一人に「おいちゃん」と話しかけるだろうか。もっとビジネスライクにしても良さそう。

宮森のためなのか

ずかちゃんの事情ではなく、宮森を気遣ったとは考えられないか。これにはずかちゃんが、「おいちゃんがよそのアニメ制作会社の人間に呼び出されている」という状況を把握していることが前提になります。まあ、それは会話を聞いていなくてもその場で判断できるか。

そうでなければ、「あ、おいちゃんだ。……なにこのおっさんたち」という形になりますね。ああ、そう考えてもいいのか。あれは事情は把握してないけど、自分を誰かに声優として紹介しようとするおいちゃんに

「よせやい」

ぐらいの、「一般人には、フッ、そういうのは黙っておくものよふふん」ぐらいの制止だった……。違いそう。

 

状況が見えてた上で遠慮する。この場はあたしがでしゃばる舞台じゃない、おいちゃんがまずコネを作ろうと頑張るところだ、と。この場合は若干の自負も伺えますね。私が出て行ったら話題持ちきりになっちゃうしおいちゃんに悪いじゃなーい。いやーずかちゃんそれはどうだろう…。

それに、宮森さんがなにか仕事の依頼とか、頼み事をしているようには見えないでしょう。むしろ無理やり連れて来られてやりにくそうにしているわけで、「それじゃ私はこれで」ごゆっくりーはやや薄情かもしれない。助け舟を出しても良かった。

 

やっぱりもう少しシビアな話として、私という微妙な立場の声優を好意で宮森さんが無理やりねじ込んでくれた場合の、宮森さんに対する業界の信用が低下するおそれは。これはずかちゃんに実力があるないに関わらない話で、そういうことをしてもらいたくなかったのではないか。それに、そういう話になるとザ・ボーンの社長、急に真顔になって怒りそう。「偉くなったもんだなおめえ」とか。

おっさんたちその他の理由?

ずかちゃん、宮森の立場などとは関係のない、全然違う理由はないか。いつもこのおっさんたちはこの店に現れて暴れてまったく記憶がない、とか。

「いまそんな話をこのひとたちにしても無駄」

とか。

あるいは、先ほどずかちゃんはすでに仕事が決まってるのでは、という案を書きましたが、実はザ・ボーンの作品のオーディション待ちなので特に彼らに今接触するのはまずい、とか。

すでに以前似たような形で紹介されてうまくいかなかった、とか。

ここまでくると、もう想像の上に想像を重ねてるようで、あまり当たる気もしませんが…どうもこの、なんとなく「これでは?」と思うものがあるものの、もやもやするのはまだこの回では語られていないことがあるのかもしれませんね。

実は平岡の過去に関係が?

SHIROBAKOでは、多分意図的なところも多々あるはずだと思うんですが、対比が多い。アマチュアのアニメーション同好会とプロの武蔵野アニメーション、とか、人が集まってくる本田さんと人望がない平岡とかね。

 

思い返すとこの回では平岡と専門学校で一緒だった社長、なんて名前だっけ、あのひとが出てきていた。そういう「仲間」、グループをいくつか並べてみると

  • 宮森たちアニメーション同好会
  • 武蔵野アニメーション
  • 若き丸川社長の武蔵野動画
  • 矢野先輩や平岡の専門学校仲間

それぞれ、目標を持って突き進んでいたり、がむしゃらに進んでここまで来たり…現状は様々ですが、平岡たちのコミュニティに何が起こったのか、どうして平岡はあんなんなっちゃったのか。そのへんが語られていない。

 

これとずかちゃんの行動、そして「まだ語られていないなにか」…。これらをつなぐとしたら、

「平岡は、かつてこのときの宮森と同じように誰かを推薦しようとして(もしくは自分自身を強引に売り込もうとして)失敗した」

という可能性はないでしょうか。平岡の「ちゃんと仕事してんのにチャンスもらえない人間がどれだけいると思ってんだ」というセリフが引っかかってるんですよね。チャンスを与えて欲しかったのに、与えてもらえなかった、という意味の言葉ですよね。

 

あと3回しかないんで、どこまで平岡を掘り下げるのかわからないし、どうも、ああ、日が変わってしまった、MXではすでに今日が放映日になってしまった。宝くじみたいな当たるか当たらないかの話になってしまいましたが、ちょっとこのへんが気になるポイントとして、放映を待ってみたい。

 

そういえばちょうど今月いっぱいかな、武蔵境の駅前商店街がSHIROBAKO聖地としてイベントやってるんでこないだ行ってきたんですけど、少し雨で、ずかちゃん名前が読めませんでした。せっかく名前を売るチャンスなのに。がんばって!しっかり!

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SHIROBAKOがアニメの理由

実写向き?

しかしずいぶんな人気ですなあSHIROBAKO。感想を見ていると実写化したらどういうキャストかな、とか実写ドラマでやってもいいんじゃないの、みたいな意見をときどき目にします。

同じP.A.WOKRSの働くアニメ「花咲くいろは」のほうがその声大きかったかな。気持ちはわかる。多分、「ドラマが良くやる題材、展開に似ている」から、でしょう。恋愛ものがこじれまくる話、例えば「WHITE ALBUM2」なんかもそう言われてましたね、あっちは「昼ドラ」って声が多かったか。
題材が似ている、と言っても実写ドラマで恋愛は確かにしょっちゅうやってますが、別にしょっちゅうアニメ業界の話をしているわけではないはずなので、つまり「働く上での厄介なことや嬉しい事、やりがい」的なものを指していると思われます。

調理の仕方も似てるのかな、でもひとつ決定的な「アニメでやる理由」があるんじゃないか、それを雑談程度に書いてみます。

メタフィクションかな?

メタフィクション…というと「なにそれ?」ってひともいるでしょうが、知ってるひとは「なにをいまさら」ってやつですね。
メタフィクションってのは、Wikipediaとかはてなキーワードとかを見ればすごく簡単に「小説が言語によって作られた虚構であることを作中で言及する作品」と説明されている。要するに、登場人物が「そろそろページ数も少なくなってきたし犯人はお前だ」とか言い出すやつです。自分が小説の登場人物であることを知っている。
このあたりから、言語表現そのものと戯れるだの「テクストの快楽」だの「垂直の大騒ぎ」だの難しい方向にも行くし、「楽屋落ちかよ」とばかにする方向にも行く。

まあ作中作が出てくる「入れ子構造」だったら全部メタフィクション、というわけでもないんですが、SHIROBAKOは果たしてどうか。まずSHIROBAKOは、こんな構造かしら。
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この構造の、上下が緩んでるやつ、「反則」技で行ったり来たりするような場合これはメタフィクションということになるらしい。
確かに、SHIROBAKOの世界と現実はちょっと入り乱れてますね。SHIROBAKOの世界なんだけど現実に居る人、例えば木下監督と水島努監督(見た目は水島精二監督)とか、菅野光明と庵野秀明とか、あるいは山はりねずみアンデスチャッキーと山ねずみロッキーチャック、とあるお寺の即身仏などの作品まで、現実のモデルやパロディがたくさん出てくる。

でもモデルやパロディばっかりだったら、それこそ「楽屋落ち」の言い換えでしかない。まあ「メタなんとか」って言い出さなくてもよくあるっちゃあよくあるギャグです。最近人気のアイドルアニメだって、アニメの登場人物でありながら現実のアイドルとして機能している、という構造なんだけどそれを「メタフィクション」とはあまり言わない。

あ、著作権的に反則に近いやつはあっても、さっき書いたメタフィクションとしての「反則」は、そういう意味じゃないです。既成枠の、つまり常識からの逸脱みたいなテクニックだと思います。

そのつもりで眺めると、これ勘ですが、あの人形「ロロとミムジー」が怪しい。

「危険ドラッグ」というセーフガード

ときどき宮森さんの声優がロロとミムジーという人形を持ちだしてなにかしゃべります。実際人形を手にしゃべってますよ、という描写は1話にあった。このころは表情もないのね。宮森のお姉さんが来た回では、宮森さんの代わりにお姉さんが手に持ってしゃべらせたりしている。

このあとも、何かというとロロ、ミムジーは出てくる。だんだん表情もついて、喧嘩したり飛行機に乗ったり水泳したりしてる。まあこれ「ああ、アニメ制作の専門用語とかわかりにくいところの説明役なんだろうな」とわかります。さすがに現実のモデル化、パロディはたくさんありますから、それくらいはわかる。観ているひとはわかった上で「これは宮森がドラッグ決めてるんじゃないか」と冗談を言っている。

でも中にはほんとにわからないひともいるかもしれない。「この人形誰がしゃべってるの?」「宮森?」「まわりのひとにおかしいとか思われないの?」そこの説明がつかないうちはぼかぁ納得できません!……まあ今時そんなひといるかしら。いるかもしれんなあ。そういうひとには「ああ、ドーナツでドラッグですよ」って適当にあしらうのは悪くないのかもしれない。しかしまあ、水泳はどう説明するんだろうなあ。「あれはどこのプールだ!」とか。

これ、メタフィクションの萌芽だと思うんですよ。いろんな作品への反応見てますと、作中世界が現実の「説明」にはみ出してくると、なにやら落ち着かないひともいるようなんです。そこで、「作中世界は作中の中にきっちりとどまってますよ」宮森が作った幻想ですよ、とかの説明にしておくと納得する。なんだか、「楽屋落ち」のほうが本来安直な笑いであったはずなのに、どうも最近は「楽屋落ちじゃなくてちゃんと虚構内の話」と無理に押し込んだほうが笑いになる、なんだか奇妙なことになってますね。

「リアルだから面白いんだろう」

リアルかどうか、にこだわるタイプはどうなんだろう。なんとか警察、なんてのがしばらく前アニメ視聴者の間で賑わせてましたが、あれただ重箱の隅をつついてるわけじゃなくて、元は「もっとそのブツを知ってると面白い話が出るんじゃないか」という良心で言ってるひともいたと思うのね。アニメ的にはそんなんでいいとは思うけど、違うことはお伝えしておきたい、ああいうものだとみなに理解されては少々心外です、っていうひと。

十分なリアリティと話を感動的にするための嘘、これを作中木下監督は「バランスかな」とスッキリはっきり言っていますね。

「三女は視覚的な快感を優先させたいんだよね」
「そうするとリアルじゃなくなりますよ?」
「そこは、バランスかな。かっこよく嘘をつく、ってのを目指したいんだよね」

まあそういうことなんだろうなと思います。リアルだと面白い場合もあるし、あえてリアルじゃないこと、ケレン味がいいって場合もある。
そのあたりのバランス感覚については、こういう記事もありましたね。
「SHIROBAKO」の描く虚構と現実のバランス感覚 - subculic
そうだ、こないだTwitter見てたら、SHIROBAKOは見てないけど、と前置きした上で「ああ、ああいうリアルな業界モノがウケてるからね」って意見がありましてよ奥様。いやー、リアルだから、業界あるあるおもすれーってそういう部分も確かにあるけどそれだけじゃあここまで面白くならないよねえ。リアルだったらいいかって、12話で打ち上げしようって年末にあんな人数入れる飲み屋があるかいな、って武蔵野アニメーションの面々が商店街延々うろうろ居酒屋求めて彷徨う話が果たして面白かったか?って話で。(意外に面白いかもしれん)

わざと揺らがせる「リアル」の境界

細かいリアルを積み上げて、でも全体的には幻想的な「マジックリアリズム」ってのもあるようです。これはSHIROBAKOよりも「輪るピングドラム」「ユリ熊嵐」の幾原邦彦監督作品のほうに感じるかなあ。

でも、SHIROBAKOでもその創作の枠をあえて揺るがそうとしている気配がある。「あるぴんはここにいます!」なんかがそうですよね。虚構の世界を現実に生み出さなきゃいけない職業のひとたちだから、そのへんの希求は基本としてあるんじゃないですかね。

さっきの図、もうちょっと詳しくするとこうなりそうです。
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もっといろいろ細かくしようとすればできそう。声優さんがやるラジオってのも台本はあるでしょうし…電話ってのはあれです、武蔵野アニメーションに電話すると宮森が答えてくれるってやつ。まあそれくらいで現実と虚構の枠は揺るがないのですが、でもちょっと逸脱しようとしている。

あるぴん顕現のところも感動的だったし、「アリアになった…」にこっ、のシーンも泣けますね。ああいうふうに、アニメキャラクタが「現実」に降りてきた、っていうのを表現したい、そしてあわよくば赤矢印みたいに、SHIROBAKOの世界も我々の現実世界に立ち現れてほしい、そんな気持ちなんじゃないのかな。

そこで、最初の「この作品が(実写ではなく)アニメである理由」です。それは「アニメの絵がアニメの絵でアニメを表現する」ことで現実と虚構のゆらぎを最大化しようとしている、だと思っています。

だってさー、実写にして、アニメ絵のあるぴんだけが出てきてこんにちわ、じゃ今どき、なんか昔そういうドラマあった気がするけどゆらぎもくそもないよねえ。実写に混じって絵で描かれたアリアがにっこりしたって感動するかなーそこまで視聴できないんじゃないかなあ。アオイホノオ並に変顔できる役者と美少女連れてくればできるかなあ。


とまあ、いろいろ書きましたが、アニメをアニメで描こうとするチャレンジ、っていうのは結構でかい話としてあるわけです。P.A.WORKSの意地と自負みたいな。今までもちょくちょくあったけど、例えばあの作中「とてもマネできない」大倉さんが描く廃墟の絵、というのをこれからスタッフは見せて納得させなきゃいけないんでしょう? いや背景美術がものすごく綺麗なP.A.WORKSならできると思うけど、腕の見せどころじゃないですか。こんな面白さは実写じゃ構造的に無理じゃないの、ってのが今日の長いお話の結論です。どうですかね。

SHIROBAKOの久乃木ちゃん

久乃木ちゃん登場


SHIROBAKO、いよいよ面白いですね。ほんといいわ…。

イカ娘やガールズ&パンツァーも大好きだし、P.A.WORKSも好きですから楽しみにしておりましたが、期待以上にゆかいで感動的なドラマになっておりとてもいいと思います。見るといいでしょう。

で、久乃木ちゃんですよ。久乃木愛。(キャラクター|TVアニメ「SHIROBAKO」公式サイト)

どうもこの子、12話にすでに出ていた(打ち上げに行く途中、動画検査の堂本さんと会話しているようなショットがありますが、会話してるなあ…)という話もありますが初めて名前が出るのは15話ですね、作打ち、監督との打ち合わせに登場する。

ちょっとセリフを書き起こしてみますね。

絵麻「難しいと思うけど、できる?久乃木さん」
愛「うぅ!?…うぅ…ぅぅ」
絵麻「…できない?」
愛「う!?…ぅぅ……(ぱくぱく)……うー」
絵麻「やるそうです。たぶん」
木下「あ、…そう…。ぁ他に質問ある?」
愛「ぅひぅ!…………」
絵麻「久乃木さん、質問ありますかって、監督が」
愛「……ぅー……」
絵麻「ないそうです」
木下「あ、そう……ほんじゃまあ、社長のカップケーキ良かったら!」
愛「ぅ…(絵麻を見る)」
絵麻「うん(うなずく)」
(愛、そっと手を伸ばす)
木下「…あとぉ、できれば次はひとりで来てね…」
愛「はひゅっ!ぐ…………」
木下「いやー、できれば!…ぐぐ、できればでいいから……それより作画のほう、よろしくおねがいしますぅーー…」

いやまいりましたね。このあと初めての打ち合わせの感想を聞かれて「かんとく…そで…むし…」と言うわけで、どうやら4文字は、久乃木選手4文字程度の単語なら行けそうです!

こういう、はっきりした単語ではない、呼吸だけの音で驚いたりしょんぼりしている様を表現するのを「息芝居」と言うらしいですが今回ほとんどそれなキャラで、声優さんにとってはちょっとやりがいあるんじゃないだろうか。どうなのか。大変なだけかな?ちなみに声優さんは井澤詩織さん、ガルパンのソド子やウィッチクラフトワークスでたんぽぽちゃんを演じた方ですね。個性あって好きだわ。

「やばい」の先は?


小動物みたいな面白い子が出てきたなあ、と見ていたわけですが実況ツイートなんかを見てますと、
「この子大丈夫か?」
「やばいだろ」
「よく就職できたな」
「かわいい」
最後は私ですが、まあ心配する声が結構あります。わからないでもない。面接とかどうしたんでしょうかね。作画だから実力で採用でしょうか。

「やばい」などの声には、「まっとうな社会生活はできなかろう」という意味のことを言う人もいます。特にこの激動の業界で働く人々の姿を描くアニメでは、人並み以上にバリバリ能力がないとダメなんじゃないか、というイメージは確かにある。やばいの先に続く言葉は「だから辞めろ」なんだろうか。

ただ…冗談じゃなくもしなにかの障害があったと明白に設定されていた、作中でもそれに触れられたとしたら。しゃべるのが苦手でも、なにか才能を活かすことができないもんかしら…なんてまじめに考えだすと、「……こういう子がいたって、いいわなあ……」大変だろうけれども。「こいつヤバイ」で切り捨てておしまい、じゃちょっとまあナンじゃないですか。居られるチャンスがあるようだと、いいなあ、と思ったりもします。

出てくるひとたちわりとみんな不器用だった

こういうキャラ、同じ水島監督の作品ではガルパンの「丸山ちゃん」がいらっしゃいますね。いつも不思議な方を向いていてしゃべらない子。こういうキャラ、監督は好きなのかな。まあちょっと、座敷童みたいな。一種の神童みたいな。なにかのお告げとか喋りそうですよね。

そう思って見回すと、あれ、SHIROBAKOのひとたちは……さすがに久乃木ちゃんほどじゃないにせよ、「不器用」がベースになってるひと結構居ませんか? 作中の木下監督だって、かなりの口下手ですね。

「おれ……みんなの前で演説って……苦手、なんだよな……」(2話)
「まず戦闘シーンは……ババーン!!ダーーン!」(15話)

宮森や音響監督にフォローされつつ、でも乗ってくると饒舌になるタイプ。あ、菅野(庵野)さんもこんな感じですね。

あのベテラン杉江さんだってそうだ。奥さんに

「あなたの悪い癖、いつも言葉が足りないか、多いのよ」

って言われたりしている。絵柄を器用に最近の絵に合わせることもできない。大倉さんも、紙と絵の具のひとだ。

新人声優のずかちゃんや18話の鈴木京子さんとかも、器用に立ちまわるタイプではない。(中の声優さんはそれを表現しているわけで、ものすごく器用だなあ)

逆に、「ぺらぺらぺらぺら、よく喋るなこいつは」という、タローとか茶沢とかは……まあ器用には見えないけど、信用もおけないという…最低じゃないか…でもタローはなかなかやるヤツなんじゃないか、今回18話の最後でやっぱり失敗してたけど。

「性不器用説」


こうしてみると、ここでは不器用な人間は、
「能力と信念があるがそれを上手く(業界や社会で)表現できないタイプ」
として描かれているような気がする。ゴスロリ様小笠原綸子がわかりやすいですね。能力があるが(仕事、社会の中で)上手く立ちまわれなかった。そのためにファッションで「武装」することで不器用さを克服した。

宮森たちメインの5人は「不器用」以前なんじゃないでしょうか。まだ能力もない。信念は?というと、他の子は「声優」や「脚本」というなりたいもの、そして「七福神」という目的があるけども…。宮森はこの後、ただ上手く立ち回れるだけの「器用なデスク」で留まるのか、「不器用ななにか」を手にすることができるのか……そんな話のような気もします。

さてだいぶ脱線しましたが、久乃木ちゃん。彼女がいいのは、「不器用」(というにはちょっと不器用レベル高いですが)でありつつ、「表現しよう」としているところです。知ろう、やろうとしている。

まあこれ絵麻ちゃんという先輩がまたいい子だからというのもあるんでしょうが、歯ブラシがどれくらい開いているか、とか、普通聞かないと思うのね。「袖に虫がいた」「弟の字に似てる」何いってんのこの子、ちょっとおかしいんじゃないの、などと言われ続けたりしていたら、嫌気がさして大抵しゃべらなくなると思う。(そして自分勝手に歯ブラシを描いて怒られて、なにもできなくなっていく……)

しかし久乃木ちゃんはひたむきに、表現しようとする。

PVの自分の描いた部分も、恥ずかしいけどそっと絵麻ちゃんの肩越しに見ている。見たいんですよ。表現したいし、それがどうなったか知りたい。
さっき不器用な人間を「上手く表現できないタイプ」と書いたけれども、アニメを作るひとは実は大抵そうなんじゃないか。

「表現したいものはあるけれどそれをどう表現していいかわからない」

天才的に器用なひともときどきいるけれども、基本的には不器用なんだよね、だから、非効率的かもしれない手段で、こうして作っているのですよ、と、監督は各不器用なキャラクタを通じてその「表現できない不器用さ」を表現しているのではないか。つーか、人間がそもそもそういう不器用性があるんじゃないか、そんな性不器用説を唱えてるんじゃないか、そんな気がしてきたわけです。


これからアニメは大詰めを迎えます。宮森だって、タローだって、もしかしたら茶沢だって(個人的にはずかちゃんに期待したい)「え、このひとがこんな活躍を!」って余地は十分にあります。その中で私は、久乃木ちゃんがなにかを見せてくれたら、いいなあ、そんな期待をしています。

そう、あの伝説の「薬莢……捨てるとこ」みたいな。

ガールズ&パンツァーOVA「これが本当のアンツィオ戦です!」観てる(ネタバレあり)

いやほんといいわこれ。劇場でBlu-Ray買ってもうずっと観てます。(でもプリキュアとかさばげぶっ!とかも観た)

というわけでネタバレありで今思いついたことを書き留めておきたい。一般販売の25日まで我慢…とか言ってると忘れちゃうんだよねこういうの。

もうひとつのシンデレラストーリー

ガルパンって、話としても無名の大洗女子が勝ち進んでいくという王道中の王道話ですが、大洗って町も風評被害で厳しい状態からの聖地へ、そして、ああ、この記事でしたね、スタジオも、そして渕上舞さんも「これが最後」からの逆転みたいなところがあった。
渕上舞「これが最後」と臨んでいた ―『ガルパン』がこれほどまでに人気を得た理由 | ダ・ヴィンチニュース

そして今回、もうひとりその逆転というかシンデレラ・ストーリーというか、ここ戦争映画に引っ掛けた上手いこと言いたいけど思いつかないのでそのまま行きますが、そういう展開になっている方が、いらっしゃいますよね。

吉岡麻耶さん。今回の映画(正確には映画用に作られた映像ではなくてOVAを映画館でかける展開ですが便宜上『映画』と呼びます)の主役、アンチョビ役の声優さんです。

「収録の際に(吉岡さんが)アンチョビ役に手を挙げたことがきっかけで、こんな大抜擢になった事を踏まえて、やはりこれからの時代は、ガヤも必死にならなきゃイカンということを教えてくれた作品です!皆さん!チャンスはいつ、どこに転がっているか分からないんだからね!そういった生々しい部分も感じながら作品を楽しんで頂けたらなと思います(笑)」

【ガルパン】イベント上映舞台挨拶(新宿バルト9)レポート&各地の舞台挨拶の様子 : あんこうニュース

舞台挨拶での井口さんの発言だそうですが、ガヤってのは簡単にいうとその他大勢ですよね。がやがやした特にセリフさえ決まってないような声。これを、メインキャラを演じてる声優さんが兼役でやったりすることがある。今回の映画でも、冒頭のアンツィオ高校の生徒、これ福圓美里さんじゃない?とか言われたりしてる。

まず本編第7話。アンツィオ高校との試合の模様が出てくるんですが、数秒で終わっちゃう。白旗上がってアンチョビが「ぐへー」って言うだけ。この「ぐへー」を担当したのが吉岡麻耶さん。もともとバレー部の近藤妙子役の方。他にも、黒森峰のパンターの車長なんかもやっていて、わりと積極的にそういう「ガヤ」というか、モブというか、に手をあげていたみたい。

ところがその後、この省略されたアンツィオ戦をOVAでやる、って話になった。あ、これもともとアンツィオ戦のストーリーがあって製作の都合でカットされた、って思ってるひとがたまにいるみたいですがコメンタリーやインタビュー記事なんか見てもやっぱり最初からそういうあっさり勝っちゃいましたという肩すかし系「省略のギャグ」だと思うんだけどなあ。まあ誰かの頭にぼんやりとはあったとしても、別にあとでOVAにしてやろうというほどはっきりしたものではなかったんじゃないかなあ。

ここで、多分ね、なんかすごく有名な声優さん、あるいは剛…いやまあその、女優さんとかね、こう、「あー、彼女ならファンが何人で…」なんて、Excel釘宮病患者数と病状と単価で売上を計算しつつ眼鏡をクイッとやりながら「いくらいくらの経済効果が見込めますね」なんていうビジネスマンも登場しておかしくなかった、んじゃないかと言う気がする。単なる妄想ですが。生々しい話、それこそ井口さんだって「そーどーこー」とか「眠い…」ばかりじゃ暇だから主役でもやってみっか、ぐらいでやればできちゃう実力派ですよ。ガルパン声優に限ってもそんな上手なひとたちがそれこそごろごろしてる。

実際、そのOVA制作決定発表のときのツイートでは、吉岡さん「キャスト変更ないかとびくびくしています」って言ってる。このときはまだ決定してなかったんだ。
アンチョビ統帥に栄光あれ Viva il Duce! - Togetterまとめ
このときの監督の返信がいいね。「@maya_no_a もちろん!敵前逃亡は許しません(^^)」大丈夫、変更なんかしないからむしろ逃げずにやれよ、と。

その後の吉岡さん、アンチョビは私、とこれは外へのアピールももちろんだけど自分に言い聞かせるみたいに行動していく。いやでもね、ほんとにダメならダメって言われると思うんだ。「やりたーい」「あ、どうぞ」ってほど甘い世界ではさすがにないんじゃないか。

音響監督とかそういうこわいひとが、
「監督(オヤジ)はああ言っとるが、わしゃあ認めた覚えはねえ。ちょっとでもしゃらくせえマネしてみろ。指の骨全部へし折ってやる」
って、兵隊やくざ勝新太郎みたいな顔して睨んだりしてる絵を想像しています。

しかしたぶん、できると思ったから監督はああ言ったんだろうし、まあ実際「別の声優さんにお願いしました!」って発表されても…もう、ねえ。なんかもやっとしたものが生まれちゃうよね。チームワーク的にも問題ありそうだわなあ。でもその空気に持っていったのは吉岡さんの行動力だと思う。

そして結果はどうだったか。
わたくし、映画観てから土日はずっとtwitterとかで「ガルパン OR アンチョビ」とかで検索したりしてずっと見てたのよ。その検索範囲では「アンチョビは声が違う」もっと他の、なんてのはひとつもなかった!声がシコれるとかいうやつはいた。いました。まあとにかくかわいい、いいやつじゃないか、と。しかも単なる紋切り型ツンデレじゃなくて、姉御肌の、でもちょっとお調子者の、という愛されキャラとして十分評価されたと思います。よかったねえ。

というわけで、これで吉岡さんチャンスを掴んだわけで、今後も頑張って欲しいな上手くいって欲しいなと思った次第であります。

アンチョビその後

話変わって、おまけとして。本編の最後のコミカルなオチ、とても良かったんだけど、なんかさっき思い出してたらさ、可哀想になっちゃって。アンチョビおよびアンツィオの愛すべきあの面々が。

だって、せっかく旗とか弾幕とか用意してさ、暗いうちから乗り込んでたんだよ。それがなあ…。

他の高校とかにも歓待していたのかどうかはわからないけど(でも黒森峰が宴会に参加するところはあまり想像できない)、ひときわ大洗にシンパシーは感じていたんじゃないかと思う。寄せ集めの数も劣る戦車で勝ち抜いている、しかも前年優勝校のプラウダを破っての決勝!応援したかったんだと思う。自分たちを重ねて「大洗がいけるならいつかうちも…」と思えて嬉しかったと思う。

それに、大洗やみほの人徳によるもの以外でも、戦車道で毎日戦車のこととパスタのことばかり考えてる連中ですよ、きっとなにかっていうと「最強の戦車はなにか」「西住流はほんとに無敵か」「もし西住流と西住流が戦ったら?」なんて、格闘技マニアみたいなこと絶対言ってると思うのね。それが今回実現する、しかも姉妹対決、こりゃ絶対見なきゃならん。その証拠にダージリンやケイたちだって毎回観戦してる。

応援したいし、見たいし、そしてあいつらのために応援すべき、つまり「あいつら、こんな人数で応援したら喜ぶぞ」「我々が応援したお陰で大洗、ひょっとしたら優勝しちゃうかもしれん」とか真面目に思っていそうだよね。寝過ごしたとわかってどんなに悔しがり、すまなく思っただろうか。これがカチューシャだったらきっと誰かを粛清して気を晴らすだろうけど(その前にノンナは寝過ごさないと思う)、アンチョビさん、決して他人のせいにしない気がする。もう、ひなちゃんしっかりしてあげて!


一方大洗側でいうと、日本人的な感覚ならさ、あれだけ大歓待を受けたわけでしょ、祝賀会にさらに缶詰も差し入れがあったしさ。やっぱりこれ、アンツィオら対戦校を招待してお返ししないと済まされないんじゃないかなあ。あんこう鍋とかしらす丼とかみつだんごとかで。もしかしたらそういうほのぼのとした理由で大洗に結集するのがきっかけで劇場版は始まるのかしら…と思ったりもしてるわけです。