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SHIROBAKOの涙

23話ね……。
「……近頃涙もろくなっていけねえや……」
って感じでしたけどね……。

そういえば最近は小説でも映画でも「泣けるの、ください」ってクスリみたいに頼むひとが増えてるって話じゃないですか。菊地成孔さんが音楽もメディスンになってきちゃってどうとか言ってたなあ。つまりあの、「泣ける」「元気になる」って効能第一になってきているみたい。まるでモロヘイヤとか青汁みたいなものばっかり食卓に並べて「体にいいのよう」と繰り返して味は二の次のオカンみたいなことになっちゃって。

まあ、SHIROBAKOは毎回「ほら泣けそら泣け」という作りではないんで、いきなりどれか1話だけ見てもおくすりみたいな効果はないかもしれない。確かに、涙は浄化作用みたいなものがあってストレスにはいいらしいですけどね。SHIROBAKOの場合は「泣ける」から「いい」というより、「いいアニメ」だから「いいとこで泣かせてくれる」なんだと思うんだ。

決してお涙頂戴ではないと思うなあ。でもここぞというところで使ってくる。なんかそこに優しさも感じるんですよ。

極めつけの涙

昭和なころは「男は涙を見せるな」的なものがあったらしいんだけど、星飛雄馬とかがんがん泣いてるしなあ。あれを「そこでなんで泣くんだよwww」って、まあ当時は「w」とかはなかったと思うが、そんなに奇妙なものだとは思ってなかったと思う。SHIROBAKOでも監督はよくギャグ顔でだあだあ涙流すし、記憶に新しいところではタローが、平岡の昔話を聞いて泣いてたよね。つまり結構男も泣く。それがまたいい場面であったりはする。

SHIROBAKOでの女性の涙…駅のホームで人知れず涙を落とす小笠原さんね。あれはほんとうに辛い、心が折れそうな涙。ありあ役の鈴木京子さんは収録を終えて仕事を全うできた涙。これは嬉し涙。

しかし一番泣くシーンが多いのはやっぱり主役の宮森さんじゃないかな。19話だけ見ても、武蔵野動画の昔を知って泣き、梅干し食べてりーちゃんと泣き、最後に大倉さんの背景を見て涙する。

大倉さんのなんかも、良かったんだけどしかし23話では極めつけ、主役の宮森さんが友情に流す涙。これが美しいんだ。宮森さんは良く泣くけど事態を自分に都合よく進めるための、いやらしい言い方だけど「武器」っていうのかな、そういうのでもなんでもない。むしろちょっと恥ずかしいから思わず隠す、けど止められない涙。

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ほんとこれ、良かったんだけど、もう一つSHIROBAKOの話上とても重要で、そしてその絵面の説得力に納得した涙がありました。あるぴんです。

あるぴんの泣き顔

監督からリテイクが出て、描き直されたあとのあるぴん。怒りメインでも悲しみメインでもない、どっちも、のリクエスト。
ここで監督はなんと言っていたか。

「だからさあ、お姉さんが裏切っているのをなんとなく気が付きつつ二人に言えないで言えないでいたんだ…。そのあるぴんの気持ちを考えると…おれはもう…」
「そのあるぴんが知ってたって呼ぶ(叫ぶ?)のはさ、万感の、ありとあらゆる感情と、時間と物語がこもってるわけよ!お綺麗な顔で呼べるわけがないのよ、もう、心のなかはぐっちょんぐっちょんのドロッドロなわけよ!」

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23話の宮森さんを、第三飛行少女隊のありあに重ねて、監督と原作者の問答にあったようにアニメーション同好会5人に対する責任感ではなく内的な問題が……と宮森の今後の決断を考えていくのもまあオツなもんだと思いますが、そのまえにあるぴんを重ねてみたい。

あるぴんが「私、知ってた!」と叫ぶのは黙ってる罪悪感とかお姉さんへの悲しみとかでしたが、宮森はじゃあなにを知っていたのか。もちろん、ずかちゃんです。

ずかちゃんのことを宮森は以前から知っていた。どれほど声優に憧れ、まじめに打ち込んできていたか、彼女の夢と努力を知っていたわけです。しかし、黙っていた。これはずかちゃんサイドの考えについて前の記事でああでもないこうでもないと考えたりしましたが(結局わりと難しい裏はなくあっさり宮森の紹介を遮ったずかちゃんは「後悔してた」ということだったのかな、と今は思いますが)、多分宮森さんにしてみれば「私の知り合いで声優さんがいるんですけど」と言っちゃいたい気持ちはあったでしょう。
しかし、立場的には立ち入ったことはできない。「4人も三女に関わってるんだからずかちゃんもおいでよ」なんて飲み会のお誘いみたいに軽くは呼べない。近くにいながら、できない。

このあたりの、おいちゃんずかちゃんの万感の、ありとあらゆる感情と、時間と物語がこもってのこの涙なわけよ!
だから、もう二人にしかわからないとこもきっとあると思う。そこがまたいいよね。二人だけに通じるアイコンタクトなんだ。

ずかちゃんは泣いたか

ずかちゃんは、泣いたでしょうか。多分、それはもうちょっと先だと思うんだ。この芝居が終わった直後ではないだろうし、もっと前の携帯電話が鳴るところでもないでしょう。
アオイホノオのラストでもあったじゃないですか。連載が決まって上京するというとき、主人公にサインを求めた庵野が言います。

「思っていたほどうれしくないだろう。なぜだかわかるか? すぐに…認められたらすぐにプロとしての責任感と、それに対する不安が襲ってくるからさ」

ずかちゃんとしては「わー嬉しい」で泣いてるところじゃありません。勝負開始です。台本を見返し設定を読み込み、要求を理解しどのように演じるか……結果として、当初とは見違える落ち着きの、堂々たる芝居でした。肩に力が…といえば主役の鈴木京子さんがそうでしたね。この二人の演技になるところもいい。

多分、ずかちゃんが泣くのはもうちょっと先なんじゃないかな。まだまだ、ここで満足しちゃいけない、と思うんじゃないかしら、勝手な想像だけど。

観ているわたくしたちの涙

そうだ、最初に「優しさを感じる」と書きました。メディスン的ではないにせよ、泣きやすさ、飲み込みやすさには十分配慮されていると思うのね。
同じ監督の作品、ガールズ&パンツァーのあのシーンを思い出したからです。

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桃ちゃんね。ずっと理屈先行で(でも射撃は外す)怒ってた彼女が、最後は身も蓋もなく泣く。ほんとこの、重圧だったんだろうな、というこのシーンでわたくし、ぼろぼろ泣いちゃうのね。
これはなんだろ、と思うに、あの、尾籠な話で恐縮ですが、ほら水の流れる音を聞くとおしっこしたくなるって言うじゃないですか。あれと同じで、アニメの中で誰かがわんわん泣くと、つられて涙が出やすくなるというか、そういうのあるんじゃないかな。

なかなかね、泣けと言われても泣けないのよ大人は。昭和の「涙を見せるな」みたいな教育受けちゃったりするとね。さらにね。どこか、こつんと叩けばじゃーっと泣けるんだろうけどこう、うまい叩き方をしないとだめなのね。

「わー、いいシーンだなー、泣けるなー」イイ話ダナーなんてツイートしながら、だいたい泣けてないことも多い。そこを、変に奇をてらわず、いい具合でちょうどよくこつんとやってくれる。
水島監督のこういうとこ、優しいなあと思うわけです。